【取材】17歳の誕生日はもうすぐ。旅イヌ珊瑚がみせる、たくさんの奇跡
2014年の『BUHI冬号』で特集をした、フレンチブルドッグの珊瑚(さんご)を覚えているだろうか。当時13歳だった彼女は、家族といっしょに大好きな車中泊を楽しみ、現役のシニアライフを満喫していた。あれから4年——珊瑚は今年で17歳になる。
もちろん順風満帆とはいえないけれど、この数年間で起きたたくさんの奇跡と今について、オーナーの福島さんにお話をうかがった。
車中泊が大好き“旅イヌ珊瑚”
2014年の本誌冬号でお伝えしたとおり、珊瑚ファミリーは車中泊が大好き。時間に縛られず、その日の気分や天候に合わせて行き先を決め、多い時では一週間旅をつづけることも。
当時13歳だった珊瑚もその土地々々の空気を満喫し、何よりも家族みんなで寄り添って眠る時間は格別だった。珊瑚は移動中の車内から眺める景色も大好きで、いつも小さな後ろ足で立っては、流れる景色をのんびりと堪能していた。
あれから数年が経ち、珊瑚は現在16歳。今年の7月で17歳になる。『10歳を越えてからは神様の贈りもの』なんて言われるように、もちろん楽しいことばかりではないけれど、珊瑚ファミリーは今でもときどき車中泊をして、シニアライフを満喫しているという。
14歳の頃、覚悟を決める事態に
「2014年にBUHIの取材を受けてから、実はいろいろなことがありました。珊瑚が14歳のころでしょうか、今からおよそ2年前ですが、変形性脊椎症かヘルニアで、歩けなくなる事態が発生しました。
かかりつけの先生曰く『どちらであっても処置は変わらない』のと、珊瑚の身体への負担を考慮して、確定のための検査は行いませんでした。
夕方の食事中にぱったりと倒れ、30秒ほどバタバタしたあと意識は戻ったのですが明らかに元気も食欲もなく、翌日受診するとてんかんかもしれないとのことで一旦様子見。でも、だんだんと後ろ足が立たなくなり、足先の感覚も麻痺していきました」
一命を取りとめたと思いきや、その後の状態は決して良いものではなかった。
「注射と投薬により1週間ほどで良くはなったのですが、薬を減らすとまた後ろ足が立たなくなる……を数回繰り返しているうちに、すっかり全身の筋肉が衰えてしまいました。座っているのもやっとな感じで、動きに力がなく、寝ている時間が長くなりましたね。
いわゆる『ロコモティブシンドローム』の状態です。先生に教えていただいたことですが、イヌは前足と後ろ足のバランスが6:4か7:3で前の負担が多いのですが、後ろ足が衰えることでますます前足への負担が大きくなり、四肢ともに衰える……という悪循環になるそうです」
※ロコモティブシンドローム/運動器症候群。骨や関節、筋肉など運動器の衰えが原因で、歩行や立ち座りなどの日常生活に障害を来たしている状態。
鍼灸治療にチャレンジ
「食事も満足にとれなくなり、いよいよ覚悟しなければいけない……という心境にも陥りましたが、反面、内臓の病気でもないのに、このままあきらめるのは絶対にイヤだ! と思い、Webで調べた鍼灸にチャレンジすることになりました。その年の5月のことです。
『キュティア老犬クリニック』という鍼灸・マッサージ専門の病院で、それまでのかかりつけの病院と並行して通うことができたのが助かりました。そこで基本週一回の鍼灸の施術、調子の悪いときは予約外でも受けてくださいました。
鍼灸や漢方といった東洋医学は、珊瑚の身体と相性が良かったようで、少しずつ回復していきましたね。
治療の他にも色々なアドバイスをくださり、シニアに生食は禁物であることや、水を飲まないときは『とうもろこしのヒゲ茶』を薄めて飲ませると良いなど、珊瑚の健康に役立つ情報ばかりいただきました。
実際、シニアになってから生の馬肉をあげて倒れてしまったり、体力の衰えで水を飲んでくれないことがあったので、本当に助かりました。
東洋医学の治療は今でもつづけていて、老犬クリニックへの通院は月に1回、鍼灸に加えて、筋肉の動きが楽になるようマッサージもお願いしています。処方された漢方薬も珊瑚の健康にとても役立ってくれています」
食事面の工夫
福島さんの奮闘はつづく。
「食事面でも、発病からしばらくしてみるみるうちに食べる量が減り、好みも変わり、このままでは体力が持たないのでは、と危惧した時期がありました。
かかりつけの先生から猫用のちゅーるなら食べる子がいると聞き、与えてみたところ食べてくれたのですが……インスタグラムの動物看護師のお友だちからは、それはイヌに与えるものではないと叱られ(苦笑)、でもこちらはなんでもいいからとにかく食べてさえくれれば……という心境でした。
粉薬を食べさせるのに、ある時マヨネーズをちょこっとつけてみたところ、すすんで食べてくれたため、無塩バターと卵黄とリンゴ酢で作ったマヨネーズを与えたことがきっかけで、少しずつ食欲が回復していきました。
その頃は吐き戻すことも多く、嚥下障害を疑われていたので『肉・野菜・たまご・ゴマ・クコの実・ナツメ・松の実・昆布』などを煮て、ミキサーにかけたものを食べさせました。ゴマ以下の食材は、先生や本でおすすめされた身体に良いとされるものです。
そこから徐々に食欲も回復し、今はお肉(牛・豚・ラム・鶏むね)を加熱したものと、薄焼き卵を5ミリ角に切ったものを朝夕2回、私達の食事の時に、炭水化物不使用でたんぱく質豊富なフードと、ゆで野菜を与えて、変則的な1日3食になっています」
車中泊が起こした奇跡
鍼灸治療や食事の甲斐もあって、珊瑚はある日、完全復調を遂げる。しかも、大好きだった車中泊で。
「老犬クリニックの初回カウンセリングで言われたのは、『今まで珊瑚ちゃんが楽しいと思っていたことは、なるべく続けてください』ということでした。珊瑚にとって、それはまさにクルマ旅。
天気の良い週末は、通院のあと公園の木陰でレジャーシートを敷いてのんびりすることから初めて、7月の15歳の誕生日は、近場の山梨で一泊でしたが、車中泊を楽しむこともできました。
“旅イヌ珊瑚”が完全復調したのは10月になってから、飛騨高山の秋祭りに出かけた時のことです。近場へは何度か行っていましたが、本格的なクルマ旅は発病後初めて。
自宅からかなり距離があることと4日間の日程、私たちにとっては大きな決断でしたが、行って大正解でした。珊瑚は旅の2日目に1キロもの道をトコトコと歩ききったのです!
観光名所の古い町並みから高山駅までの歩行者天国、散策の人たちが声をかけてくれたのも、珊瑚にはよかったのかもしれません。チヤホヤされるのは珊瑚の大好物ですから(笑)。
歩く度にカクカク抜けかけていた右膝の関節も、それ以降しっかりもとに戻りました」
もちろん、不安もあった
「この旅での一番の心配のタネは、クルマでの長距離移動。しかも高山方面へはカーブの多い峠越えがあるため、ドライブ中の珊瑚をどのように過ごさせるか、とても気を遣いました。
子どもの頃からドライブが大好き、窓から景色が見えないとおとなしくしてくれないため、珊瑚の定位置はいつもわたしのヒザの上。
でも、発病してからは座っているのもやっとの状態……それなのに外の景色が見たい珊瑚は、なんとか頑張って前足をつっぱって座る姿勢を保とうとするんです。それをわたしが腕で支えて「ギックリ肩」を発症させる……なんてこともありました」
ここでも、福島さんは“旅イヌ珊瑚”のために工夫をこらした。
「珊瑚がのんびりと窓の景色を楽しめるように、ビーズクッションを使うようにしました。
自宅でいつも使っているビーズクッションの小さめサイズを購入して、ビーズの量を調整。それをわたしのヒザの上に置いて、珊瑚が持たれかかりながら、落ちついて景色を堪能できるようにしました。
これでドライブ中の珊瑚への負担は激減! 今でもドライブに欠かせないアイテムになっています。
このビーズクッションはカートに乗るときにも大活躍で、のんびりゆったりしながらも視界は確保できるので、珊瑚も土地々々の景色や空気を堪能してくれているようです」
移動型から現地滞在型へ
「珊瑚が発病してからのクルマ旅は、移動型から現地滞在型に変わりました。以前は飼い主の貧乏性も手伝ってとにかくクルマ移動が多かったのですが、なるべく珊瑚の負担が少なくなるようカートを併用して、のんびり散策することが多くなりましたね。
特にお祭りは人も多く賑やかなので、珊瑚も楽しんでくれているようです。秩父の夜祭、熱海の梅園、河津桜まつり、千葉勝浦のビッグひな祭り、信州上田のさくら祭り、信州松本のそば祭り、遠くても輪島の朝市と金沢など、以前は1週間の旅程もありましたが、最近は短めになってきています。
当初こそ一進一退を繰り返していた珊瑚の回復ですが、本当に少しずつ回復の道を進んで、発病から2年、今思うとシニアながらも強靭な回復力に大変驚いています。
特に飛騨高山の旅以降は、めざましい回復ぶりで、シニアでもまだまだ進化できるんだなぁと感心しています」
フェアリー期の先は……
「車中泊で奇跡の復活を遂げてからは調子も良く、最近では時々ごはんのときに走ったり、動作のスピードもだいぶ早くなってきました。とはいえ、やはり高齢であることに変わりはないので、視力や聴力は昔に比べて衰えています。
でも悪いことばかりではなくて、耳に関していえば、花火の大きな音とか、お祭りのカネの音とか、以前だったら怖がったり吠えたりしていた音に対しても、ストレスがなくなったようです。
視力の衰えと合わせて、外界からは一線引かれたような、仙人のような独特な世界にいるように見えます。このまま行けば、あと少しで言葉を話し出すんじゃないかと、今から楽しみです(笑)」
10歳を越えた犬たちをフェアリー期なんて呼んだりもするけれど、もしかするとその先は、私たち人間でもなかなか辿りつけない秘密の境地があるのかもしれない。いつの日か、本当に喋り出すのではないか……そんな気さえしてくる。もちろん楽しいことばかりではないけれど、自分たちのペースで今を最大限に楽しむ珊瑚ファミリーなら、全てを乗り越えられるだろう。“旅イヌ珊瑚”の大冒険は、まだまだこれからも続きそうだ。
※この記事は「BUHI vol.46」からの転載です。一部加筆・修正をし、公開しています。
(photo:Kimie Yokoyama)
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