【整形外科・股関節形成不全】歩けなかった犬が歩けるように!人工関節手術のスペシャリスト【藤井寺動物病院・大阪】
フレブルが罹患しやすい病気・ケガの“スペシャリスト”を紹介する特集『もしものときの名医図鑑』。
フレンチブルドッグは遺伝的に骨の異常が多いことで知られていますが、中でも顕著なのが股関節の形成不全や膝関節の前十字靭帯断裂などのトラブル。
今回は、悪くなった骨を金属の骨に置き換えるという、“犬の人工関節手術”のスペシャリストで、日本のみならず海外でもご活躍されている藤井寺動物病院の是枝院長にお話を聞きました!
目次
藤井寺動物病院・動物人工関節センター 是枝哲彰院長
フレンチブルドッグは遺伝的に骨の異常が多いことで知られていますが、中でも顕著なのが股関節の形成不全や膝関節の前十字靭帯断裂などのトラブル。
「股関節形成不全」とは1歳未満の発育期の段階で亜脱臼を起こし、関節部分の骨が変形することで股関節がかみ合わなくなることから、骨関節炎を招く病気です。
股関節形成不全によって関節内に炎症が起きたり、痛みだけでなく重症化すれば歩行が困難になることも。
この病気はフレンチブルドッグのほか、レトリーバーやシェパードといった大型犬にも多く、遺伝的要因が大きいと考えれています。
この股関節形成不全と同様に多い膝関節のトラブルが「前十字靭帯断裂」で、実はこの病気は診断が非常に難しく、一般的な動物病院でもほとんどが見逃されがちなんだとか。
そこで今回は、日本のみならずアジア圏でも犬の人工関節手術のスペシャリストとして知られ、国内外で幅広くご活躍されている藤井寺動物病院の是枝院長に、これらの病気について、予防方法から治療まで詳しくお話を伺いました。
フレブルの罹患率はかなり高い! 早期発見で適切な治療を
ーーフレンチブルドッグに股関節形成不全が多いのは遺伝的な要因が大きいそうですが、どのくらいの割合で生まれるのでしょうか?
是枝院長:
「股関節が正常な状態の父犬、母犬を交配させた場合でも約20%、父母のいずれかが股関節形成不全の場合だと約40%の割合で、股関節形成不全の仔犬が生まれます。
この割合からも分かるよう、フレブルにとってもつきものの病気と言えるでしょう。
ただし、股関節形成不全だと必ずしも外科的手術をしなければならないわけではなく、この病気の70%の犬は肥満を防いだり激しい運動を避ける、サプリメントを与えるといった保存療法で治療することが可能です。
そのため、できるだけ早い段階で愛犬の股関節の異常の有無を知っておくことが重要となります。
可能なら生後6ヶ月と12ヶ月齢の2回レントゲン撮影をし、股関節に異常がないかどうかを確かめることを推奨しています。
ただ、すでに成犬になっている場合でも調べておくに越したことはありません。
股関節形成不全の場合には、1年に1回はレントゲン撮影をして病状の進行程度をオーナーが理解しておくことも重要です。
オーナーが気付いた時点で体重管理や運動のレベルを調節できるので、一度は専門にされている病院でレントゲンを撮っておくことをお勧めしますね。
あえて“専門にされている病院で”と言うのには理由があり、1歳齢を超えた犬ではレントゲン検査で股関節形成不全だと診断されたけれども、実は前十字靭帯断裂も併発しているというケースが非常に多いからです。
当院は動物人工関節センターを併設し、人間の医療用でも上位のレントゲン機器を導入していますが、一般的な動物病院だとレントゲン機器そのものの性能であったり、撮影する角度によって前十字靭帯断裂を見落とすことが多々あるのです。
ちなみに股関節形成不全の場合、生後6ヶ月から8ヶ月の間に痛みのピークを迎えますが、3〜4才くらいで痛みが強くなった場合は、前十字靭帯の損傷によるものがほとんど。
同様にフレンチブルドッグに多いパテラ(膝蓋骨脱臼)も症状がよく似ているため、前十字靭帯の損傷ではなくパテラだと診断されるケースも少なくありません。
正確な治療を行うためには正確な診断が重要なので、骨や関節の専門的知識を持つ獣医師に診てもらうことが大切なのです」。
人工関節をつけることで健常な犬と同じ体に戻れる
ーーこちらの病院にある動物人工関節センターの機能と、外科的治療が必要なレベルの股関節形成不全で行う人工関節全置換術についてお教えください。
是枝院長:
「まず動物人工関節センターについてですが、こちらは当院の整形外科部門で人工関節全置換術に特化した施設です。
股関節形成不全の70%は先述したように保存療法で治療できます。
しかし、鎮痛剤などを用いても痛みが取れない残りの30%、つまり難治性の股関節疾患の犬や猫が、人工関節を用いた先端医療を受けられることを目的に設置しました。
この人工関節全置換術を日本で最初に動物に実施したのが私の父でした。
私が獣医師としてこの病院に勤務し出した時は、ちょうど大型犬ブームの終焉期でしたが、股関節不全のレトリーバーやハスキーが多数いたんです。
人も動物も慢性的な痛みがあると辛いものですし、QOLも低下しますよね。
実は私は、大学と大学院ではガンを専門に研究していたのですが、父の影響と患者の要望もあり、そこから人工関節全置換術に興味を持ったのです。
そこでスイスのチューリッヒ大学や後ほど説明するTPLOと呼ばれる前十字靭帯の手術の権威がいるヒューストンの動物病院に学びに行き、日本でも欧米の専門病院などと同等の治療が受けられるように、と作ったのが動物人工関節センターというわけです。
人工関節全置換術は、股関節形成不全だけでなく股関節脱臼やレッグ・ペルテス病、大腿骨頭や大腿骨頚の骨折をした際に行う手術で、悪くなった関節部分の骨を取り除き、金属製の人工関節に置き換える手術のこと。
メリットは悪くなった骨を完全に取り除くため手術後は痛みがなく、健常犬と同等の体に戻れることです。
一方デメリットは費用が高額になることと、抜糸までの最低2週間の入院を要すること、かつ実施している病院や獣医師が少数だということでしょうか。
費用に関してはCTを含めた検査から入院までを含んでおよそ100万円が目安ですが、如何せんこの手術を経験している医師が少なく、手術そのものが高度な内容となるために何よりも獣医師の経験値が問われます」。
人工関節手術ができる獣医師は国内ではほぼ是枝院長のみ
ーー院長は年間30例前後と、日本屈指の人工関節全置換術の手術経験がおありですが、藤井寺動物病院以外でもこの手術を受けられるのでしょうか?
是枝院長:
「動物救急センター 府中(東京都府中市)と、たぐち動物病院(埼玉県久喜市)は当院と同等の手術室環境と医療設備が導入されており、これらの施設には私自身が出張してオペを行なっています。
また2020年4月に開設されるER八王子動物高度医療救急救命センターでも、私が人工関節全置換術を行います。
現時点ではこの手術における経験値の高い獣医師が少数ということもあり、東京や埼玉には多い時で毎週、それ以外にも韓国やタイ、中国、マレーシア、台湾といった東アジアへ出張オペや講演に行くことも多く、2ヶ月に1度は海外に出向いていますね。
今後は日本のみならずアジア圏でもこの手術に長けた獣医師が増えることを願っていますが、現状国内ではほぼ私だけという状況ですので、遠方から手術を受けに来院される患者さんも多数いらっしゃいます。
そういえば先日は千葉県からフレブルの患者さんが人工関節の手術にみえましたが、特にフレンチブルドッグなどの短頭種は麻酔リスクを心配されるオーナーさんが非常に多いですね。
今は人間同様に動物医療の世界でも麻酔を専門にされている獣医師がいるので、当院でも希望される方には麻酔医を手配しています。
また、人工関節全置換術だけでなく、同じく股関節形成不全などの病気にアプローチする手術である骨頭切除の手術を受ける患者さんも多数いらっしゃるので、手術を希望される場合にはそれぞれの手術の長所と短所、リスクなどを徹底して説明し、オーナーさんが納得できる方法を一緒に模索しています」。
獣医師も見落としがちな前十字靱帯断裂。犬が出す小さなサインとは?
ーー人工関節全置換術とともに院長はTPLOと呼ばれる前十字靱帯断裂の手術のスペシャリストとしても知られていますが、こちらはどのような手術なのでしょうか?
是枝院長:
「TPLOは1993年に米国の故Slocum先生が考案された手術で、1990年代には米国でも最新技術として知られていましたが、2000年代に入ると中・大型犬種の第一選択として認識されました。
現在は、小型犬種までTPLOの有効性は世界的に認識されています。
日本では2008年からこの手術の講習会がスタートし、私はその時から講師として参加しました。
前十字靭帯断裂では、人工靭帯を用いる関節外法という手術が昔は一般的でしたが、近年はTPLOのほうが早期に高い機能回復を示すことが知られています。
先ほども申し上げたように、実は前十字靭帯の損傷は非常に見落とされやすい、もしくはパテラや股関節形成不全などに間違われやすく、フレンチブルドッグにも起こりやすい病気です。
前十字靱帯損傷の多くは加齢が原因です。
簡単に説明すると靭帯は輪ゴムのようなもの。
新しいものは柔軟性がありますが古くなれば変性して柔軟性がなくなりブチっと切れてしまいますよね。
靭帯も老化によって変性し、断裂や損傷が起こるのです。
この病気の難点は見逃されがちな点にあり、例えば散歩を嫌がったり、普段ならば休憩なしで歩く散歩コースで何度も立ち止まって休憩するなど、愛犬から出される小さなサインをしっかりとキャッチし、違和感を感じたら専門医に相談することが不可欠。
仮に前十字靭帯断裂の場合だと、約80%が手術をしなければ治ることはありません。
しかしながら非常に気が付きにくい病気であるため、靱帯にトラブルがあってもそれに気付かず適切な治療が行えていないケースが多数存在します。
そのため年に1度、ミドルシニア期以降は年に2度のレントゲン撮影を含む健康診断を推奨しますね。
なお、TPLO手術を始めた獣医師は多いものの、経験が豊富な獣医師は国内では少ないので、もし手術を希望する場合は“いかに熟練度の高い獣医師を探すか”ということが手術を成功させるためには必須と言えるでしょう」。
診断と治療が適切じゃないと、リハビリがマイナス効果になることも
ーー人工関節全置換術やTPLOの手術を受けた場合リハビリはどのように行うのでしょうか?
是枝院長:
「人工関節全置換術もTPLOも、術後はしっかりリハビリを行うに越したことありません。
リハビリは患者の状態や回復状況により様々ですが、術後5日間くらいまでは日に数回アイシングを行い、その後ストレッチやマッサージ、水中でのトレッドミル、パイロンを用いたスラロームなどを段階的に行います。
当院の場合は人間の理学療法士資格を持つ獣医師がいるので個々の患者に合わせたリハビリメニューを作成するほか、米国の大学と犬のリハビリテーション学会が発行しているCCRPやCCRAという資格を取得した獣医師や動物看護師がリハビリを実施しています。
中にはリハビリが不要な犬もいるものの、大多数の犬はリハビリが必要となるため、術後に退院した後は、通院でリハビリを受けるケースが中心ですね。
しかしながら、診断と治療が適切になされていないとリハビリそのものがマイナスの効果を体に与えるので、どんな治療や手術にせよ、いかに適切な病院を選ぶかということが重要だと言えるでしょう」。
関節や靭帯のトラブルを予防するには
ーー股関節のトラブルや前十字靱帯の損傷を予防する手立てはあるのでしょうか?
是枝院長:
「股関節形成不全は遺伝による素因が大きいので防ぎようがないものの、重症化させないためにできることはいくつかあります。
まずは体重を管理して平均体重を超えないこと、理想的には平均体重の70〜80%ぐらいが望まれます。
フローリングなどの滑りやすい床にはカーペットやマットを敷いて滑りづらくすること。
次に犬用のステップを活用するなどしてベッドやソファーなどに飛び乗らせないこと。
そして炎症を抑える効果が期待されるアンチノールなどのサプリメントを与えることなどが代表的な予防策。
あとはやはり、オーナー自身が愛犬の骨の状態や体の状態を正確に把握し、それに応じたライフスタイルを送らせることが鍵となりますね」。
なにより重要なのは、定期的な健康診断と専門医への受診
是枝院長:
「これはフレンチブルドッグに限りませんが、関節は連動することで悪くなります。
例えば股関節が悪いと膝に負担がかかりますし、後肢が悪いと前肢に負担がかかります。
専門的知識を持つ病院で定期的に健康診断をし、その時々の体の状態に合ったケアを行うことが肝心です。
これは余談ですけれど、当院のスタッフの愛犬が急性リンパ芽急性白血病で旅立ちました。
この白血病の診断からの生存期間は無治療で約1ヶ月、抗がん剤療法を行って約3ヶ月です。
その子は年に2度健康診断を受けていたので早期に発見できましたが、年に1度の検診では白血病とわかった時にはすでに何もしてあげられないほど進行していたでしょう。
健康診断のおかげで早期発見できたことで、白血病そのものを治せなくとも、元気なうちに愛犬が好きだったことを思う存分させてあげたり、一緒の時間を多く過ごすことができたと言っていました。
この経験からも、愛犬が幸せな時間を1秒でも多く過ごすため、またオーナーとして心の準備をし、可能な限り愛犬に寄り添うためにも、健康診断の重要性を改めて認識しました。
現在は動物医療分野でも様々な先端医療が受けられるようになってきていますが、まず何よりも診断の正確性と医師の技術力があってこそ。
いち獣医師として言えるのは、何らかの病気が疑われる場合には各分野の専門家に診せることが健康寿命を延ばすための最善策だということです」。
ーー日本における人工関節全置換術およびTPLOの権威として知られる是枝院長は、国内外でこれらの分野の講習や講演を行うなど精力的に活動されています。
それと同時に数多くの出張オペに出向き、今日も日本の、あるいは世界のどこかで関節に痛みを抱える動物を救うべく持てる技術を駆使しておられるのでしょう。
私たちが愛するフレンチブルドッグは関節トラブルが多い犬種だけに、いざという時には是枝院長のような専門家の存在を知っているかどうかがより良い治療を行うための分かれ道となるはず。
もし相棒の歩き方や様子に違和感を感じたら、重症化する前に専門的知識を持つ獣医師に診断を仰ぐこと。
これこそが長く共に歩むための最大のポイントなのではないでしょうか。
院長プロフィール
是枝哲彰(これえだ てつあき)院長
動物臨床医学会 評議員
所属学会 獣医麻酔外科学会 日本獣医画像診断学会 動物臨床医学会 日本獣医がん学会 日本人工関節学会 European Society of Veterinary Orthopaedics and Traumatology
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)、同大学院を卒業後、AMIS(現 IDEXXラボラトリーズ)にて診断獣医師として活躍後、藤井寺動物病院に勤務。
1999年にフロリダ大学の客員研究員、2002年に藤井寺動物病院の院長に就任。
日本における犬の人工関節手術、および関節鏡・TPLO、骨折治療などの整形外科手術のスペシャリストとして知られ、現在も東アジアを始め日本各地に講演や出張オペなどに出向く日々。愛犬はトイプードルのエビスちゃんとタカラちゃん。
病院DATA
藤井寺動物病院・動物人工関節センター
住所:大阪府藤井寺市小山1-2-37
電話:072-954-5630
*診療は完全予約制(電話またはインターネットで予約受付)
受付時間:平日9:00〜12:00、14:00〜19:00
日曜9:00〜12:00
休診 木曜、日曜午後
HP:http://www.fujiidera-ah.com/index.htm
是枝先生が人工関節全置換術、TPLOを担当する施設
<東京都>
・動物救急センター府中
・ER八王子動物高度医療救急救命センター(2020年4月開設)
<埼玉県>
・たぐち動物病院
是枝先生がTPLOを担当する病院
<栃木県>
あおぞら動物病院
<埼玉県>
山崎どうぶつ病院
http://www.yamazakipetclinic.com
<広島県>
動物医療センターALOHA
取材・文/横田愛子
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