フレブル「銀」といつまでも〜椎間板ヘルニアを発症して考えた、これからの銀との暮らし方〜
フレブル飼いには、第六感が備わっているのだろうか。その朝の、『銀』のほんのちょっとしたしぐさに、私は違和感を感じた。そしてその嫌な予感は間違ってはいなかったのだー。
我が家のブヒ、銀は2月14日水曜日に7歳の誕生日を迎えた。会社帰りにケーキを買おうと思っていたのに、転職したばかりの会社は忙しくて時間切れ。せっかくの誕生日なのに申し訳なくて、水切りヨーグルトとカットフルーツでちょっとだけお祝い気分に。フルーツはお皿からでなく私の手から直接食べて、テンションMAX! いつもの甘えん坊な様子と、ヨーグルトがついた可愛い口元を見て、「これからシニアの仲間入りだけど、ずっと元気であどけない我が子でいてほしい」と心から思ったんだ。
翌日、私が寝室から出ると、銀はいつものようにリビングまで追いかけてきた。会社に出かける支度をしながら、お水を替えて銀にカリカリごはんをあげた。ごはんを食べ終わると、普段ならドッグコットかソファに上がって二度寝の準備を始めるのだけど、その日はリビングの床の上にスッとうつ伏せの状態で沈み込み、寝る体勢をとったのだ。カリカリは1/3ほど残ったまま。カリカリに飽きると残すこともあったので、それ自体は気にしなかったけれど、ご飯後すぐにリビングの床に寝ることは珍しかった。そのとき感じた違和感に後ろ髪を引かれる思いはあったものの、いつもの時間に私は家を出た。
20時頃帰宅し、玄関のドアを開けると、リビングから銀がお迎えにやってきた。私がソファに座るとすぐにひざの上に乗りたいしぐさをしたため、持ち上げてひざの上に。「さ、お散歩に行こうね」と服を着させたけれど、大好きなお散歩という言葉に反応もせず、動こうとしない。そのうち私のひざの上で小刻みに震えだし、次に小さく「ハッハッハッ」と短く息を繰り返すようになった。
どうしよう、やっぱりどこかおかしい……?
そのうち帰宅した夫は、「昨日あげたフルーツでアレルギーとか出たのかな?」。カリカリご飯にいつものように茹でた鶏肉をトッピングしても、お皿を見ているだけで口をつけようともしない。鶏肉をつまんで口元に持っていくと、ちょっとずつ食べてくれた。原因はわからないけれど、どこか具合が悪いのは間違いない。とにかく一晩様子を見ることにした。その夜銀はいつものように、私の寝室と夫の寝室を行き来し、それぞれの布団にもぐりこんで一緒に寝ていた。深夜に感じた銀のぬくもりは、ごくごく平凡ないつも通りの温かさだった。
翌日金曜日の朝、銀のトイレを見ると、おしっこがシーツから大きく外れていた。そしてよく見ると夫の布団におしっこが。ごはんをあげても食べようとしない。そしてペットシーツの上に移動して、うつぶせでペタンと寝てしまった。こんな銀、見たことがない――。
会社が始まるまで大分時間があったので、とり急ぎ、会社に午前中休むというメールを送り、かかりつけの病院に電話をしたけれど、「本日は休診日となっております」の留守番メッセージ。自宅から近い動物病院にかたっぱしから電話をかけ、ようやくつながった病院に症状を伝えると、「怪我をしているかもしれないので、あまり体勢をかえないようにして、静かにつれてきてください」とアドバイスが。そっと上から抱きかかえてペットカートに入れ、すぐさま病院へ行った。診察台に乗せ、前脚と後ろ脚をチェックしたあと、診察台から床に下ろし、「上から名前を呼んでください」と先生。「銀ちゃん!」と呼んでも目線をほんの少し上に向けるだけだ。
「頚椎のヘルニアだと思います。それに後ろ脚の反応が遅いので、脚のヘルニアの可能性もあります。グレード1~2だとは思いますが、今は痛いでしょうからレントゲン検査をするのは難しいので、点滴と痛み止めの注射をして様子を観ましょう。痛み止めの薬を処方しますので、症状が治まっている状態なら、一週間後にまた検査に来てください。軽度なら3日程度で治ることもありますよ」
その言葉で背筋が凍り付いたと同時に、信じられない思いがあった。いままではソファだって、ベッドだって軽々と飛び乗っていたので、うちの子はヘルニアにはならないと思い込んでいたからだ。それに、ほぼ前触れもなく突然発症してしまうのだとは、想像していなかった。
家に帰ってきてからは、銀に申し訳なくて涙がとまらなかった。ベッドは捨てよう。ソファも低くして、銀ちゃんが快適に暮らせる部屋にしよう。
銀は痛み止めが効いたのか、普段どおり伸びをして、床に寝ころんだ。落ち着いたところで会社に電話を入れて、ペットの具合が悪いため休むことを伝えると、『ペットの不調で休むなんて』という雰囲気が電話口から痛いほど伝わってきた。そうだよね。ペットを我が子と呼ぶのは私たちにとっては常識でも、世間的には非常識なんだろうな。気が動転しているうえに、会社からの冷たい応対に、正直かなりこたえてしまった。
夕方、夫が帰ってきた頃、銀の痛みはまたぶり返していた。寝ころべない、ご飯も首を動かすのがつらいらしく、私の手からしか食べられない。少しでも痛みが和らぐようにと、服を着せてホッカイロを腰と首につける。夜は布団で一緒に寝たけれど、四本の脚をぐっとつっぱって、私の身体の上で立ったまま。寝やすい姿勢を探しつつ、何度も寝そべろうとしていたけれど、痛みで一晩に3回も「ギャッ」と鳴いた。
「どうしよう。銀ちゃんがいなくなっちゃうかもしれない……」
もう駄目だ。様子を観るなんて無理だ、すぐに治療しないと。その夜のうちに、ヘルニアの手術を受けたフレブルの友だちに状況を説明し、整形・神経外科の専門病院を教えてもらった。朝になったらすぐ連絡しよう。
土曜日の朝、私がリビングへ来ると、銀はトコトコとついてくる。そしてペットシーツの上に寝そべり、そのまま失禁した。選択肢はもうない。すぐに専門医に電話して予約を取り、ペットカートに銀を乗せて専門病院へと急いだ。
病院で症状を説明したあと、先生が銀の首にさわると、「わっ、すごく固い」とつぶやいた。首がカチカチに固まっている症状からも、重度の頚部のヘルニアだと推測された。普段から首の後ろの肉が盛り上がって見えていたのは、首の痛みで肩をいからせていたからだったのだ。それにヘルニアの影響ですでに前脚、後ろ脚にも麻痺が出てきていた。手術を前提にすぐにMRIを撮って原因を追究し、なるべく早く手術したほうがいい、と勧められた。MRI検査費は10~15万円、手術代は50~60万円。
もしこれがちょっとした怪我や病気だったら、セカンドオピニオンを求めたかもしれない。でもヘルニアを発症した場合、少しでも早く手術などの対処を行なうことが、その後の回復に大きく影響することは知っていた。ほかの選択肢はなく、あとは決断するのみだ。
「MRIをお願いします」
病院と別棟のMRI検査室へ連れて行き、待合室で待っている間は思考がまとまらず、涙が沸いてきた。実は2017年の『BUHI秋号』で、突然我が子がヘルニアを発症したご家族に取材をさせてもらっていた。不測の事態に備えて、飼い主は日頃から情報収集しておくことが大切だと実感したのに、私はそれを怠っていたんだと反省するしかなかった。
「銀ちゃんはいつから痛かったんだろう。なんでそれに早く気付かなかったんだろう」
仕事に出かけている夫に、朝から今までの経過を連絡すると、急転直下の出来事に驚いていたけれど、「銀ちゃんなら大丈夫! ぜったい元気になるよ!」と言ってくれた。
MRIの結果、首の椎間板が飛び出ていて、それが脊髄を圧迫していることが判明した。再びの麻酔は怖いけれど、痛みを取り除くには手術しかないし、あんなに痛そうな銀を家に連れて帰ることなんてとてもできない。すぐに入院し、翌日手術してもらうことになった。手術後は、興奮させないためにも、飼い主は術後の様子を動画で見せてもらえるだけで、実際に会うことができるのは1週間後だ。
「今日これから銀ちゃんに会うことはできますか?」
「では、MRI検査室からこちらまで、銀ちゃんをカートで連れてきていただけますか?」
MRI検査室へ迎えに行くと、勝手に検査をされたのが嫌だったのか、不機嫌な様子で目も合わせてくれない銀。明日は手術だよ。そうしたら1週間は入院だよ。家っ子の銀にとっての試練はまだ続くんだ。
「頑張ろうね。お母さんも家から応援してるから。絶対元気になって帰ってきてね!」
翌日、銀の手術は無事成功した。病院に訪れて集中治療室の動画を見せてもらうと、昨日まで動かせなかった首を左右に振っている。
「さきほど手術が終わったばかりですが、もう痛みはないようです。こんなに元気ですから。よかったですね」
お医者さんの言葉にほっとして、夫と2人で自宅へ帰った。退院までの1週間は、友だちが貸してくれたケージをリビングに設置し、布団も敷いて、1カ月続く療養生活の準備をした。
「一緒にお布団に入ってブーブー鳴いて寝てくれないと、なんだか物足りないね」と夫。この子と暮らし始めて、こんなに長く離れたのは初めてのことだった。静かすぎて寂しすぎるよ、銀――。
退院から1週間。この原稿を書いている3月3日は、病院で抜糸を終えたところで、手術後の経過は今のところ順調だ。ヘルニアを発症してわずか2週間だけど、「我が子との生活」をどうするかを真剣に考えている。あの時思った「銀ちゃんがいなくなったらどうしよう」という感情を忘れちゃいけない。
飼い主が気を付けることで避けることができる病気には、きちんと対処しよう。ヘルニアの原因になるような段差はやはり禁物なので、ソファは脚を外して低くした。療養中はリビングだけ解放しているけれど、今後ベッドは処分して、布団生活にする予定だ。
もともと10歳になるまでには、家にいられる時間が増えるように働き方を変えようと思っていたのだけど、それを前倒しする時期に来たのかな?とも思う。ダウンシフトして収入を減らすかわりに、そばにいられる時間を長くしたい。今の会社を辞めたら、会社員になってから控えてきたライターの仕事を、本格的に再開することも考えよう。ただし、急に手術が必要になったときのためにお金は必要。だったら都内の家を売って郊外に移り住めば、ローン分の支出が抑えられて、収入減にも耐えられるかもしれない。極端に生活を変えるのは怖いし勇気が要るけれど、なんとかなるよね、きっと。
いまは「こうしたらどうなる?」という色々な選択肢に思いを巡らせるばかりなのだけど、不安な気持ちの一方で、少しほっとしていたりもする。「私は銀ちゃんとできるだけ長く、一緒に生活していきたいんだ。そのために最善の策を考えていこう」という思いがあるからだ。
※この記事は「BUHI vol.47」からの転載です。一部加筆・修正をし、公開しています。
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